若き日にキシリトール
松 尾  通

 キシリトールの口腔保護への効果、特にう蝕発生抑制効果がいま話題となっている。
 キシリトールは、糖アルコールと呼ばれる甘味炭水化物として、植物の特定成分や人間の代謝系のなかに広く認められているが、代謝甘味料として糖尿病用の食事甘味料や非経口栄養剤として使われてきた。
 1997年4月、厚生省が安全な食品添加物として承認して以来、キシリトールを甘味剤として使用したガムやタブレット類があっという間に普及し、他の含有製品を含めて国民の認知率は急速に高まっている。
 キシリトールは、ショ糖と同等の甘味度、カロリーは4分の3、果実や野菜に含まれ、生体内でも作られている。インシュリンに関係なく代謝され、糖尿病患者にも使える。
 口腔内での作用では、う蝕抑制効果がまず上げられるが、ストレプトコッカス・ミュータンスに代謝されないため、酸を生成できない。また代謝しようとして大きなエネルギーを消費するため、ミュータンス菌は疲労し、活性が弱まりさらに減少していく。その結果キシリトールの摂取を続ければ、プラーク形成が約50パーセント抑えられる。また唾液分泌が促進され、口腔内の防御機構の活性が高まる。そしてプラーク中の可溶性カルシウムが増加し、カルシウムによってエナメル質の再石灰化が促進される。こうしたキシリトールの長所を、フィンランドなど北欧諸国では使用加工し、歯科予防商品として市場に出している。
 話は、30年ほど前にさかのぼる。日本歯科大学生化学教室の門を叩いた私は、当時の主任教授である三代幸彦先生の指導の下で、代替甘味料の研究をしていた。糖アルコールをう蝕予防のために用いたらどうかという考えの検証でもあった。う蝕発生にはプラークの形成が必要だが、糖アルコールを使うことにより、プラークの形成減少、発酵減少の二つの点で、う蝕発生が減るのではないかという期待が既に生化学教室では考えられていた。
 そして単糖類アルコールであるソルビトール・マンニトール・キシリトール、二糖類アルコールであるマルチトール、ラクチトールを用いて教室員は唾液の性状変化の研究に精力的に取り組んでいた。
 ほとんど同時に入局したクラスメートの宮村栄比古君(故人)、島田勝彦君(板橋区)と共に、梅干しやレモンを片手に、新鮮唾液を採取しては糖アルコールを作用させ、pHや乳酸の産生について調べていた。昭和48年2月1日発行の「歯学」第60巻第6号に自分の学位論文「マルチトール・ラクチトールの唾液内発酵について」が掲載されている。いま改めてその論文を読み返してみると、結論の所にキシリトールは供試細菌によってもまた唾液内でも発酵されなかったと明記している。
 今日のキシリトールの流星を見るとき、若き日の実験室の光景を思い浮かべ、改めて三代教授の研究の先進性を尻、感慨深いものがある。

日本歯科大学歯学会 歯学85 春季特集号 (歯科界の潮流)別刷 キシリトール物語 より
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